2017年9月21日 (木)

がん患者の第2の我が家「マギーズ東京」を訪問

東京湾の程近くに、昨年10月オープンした「マギーズ東京」。

がん患者や家族、その友人らが、気軽に訪れることができる癒しの空間です。

私も19日にふらっと訪問。

木の温もりが漂う平屋建てが2棟あり、スタッフの方々が実に優しい笑顔で迎えてくれました。

一枚板のテーブルが置かれたダイニングや座り心地のいいソファーが並ぶ空間がいくつかあって、好きな場所で過ごせます。

お茶を出していただき、スタッフの方が「お話を伺いましょうか」とさりげなく言葉を添えられて。

初めての訪問者を一人にしないよう、気配りされているなぁと実感。

私は、リラクゼーションのプログラム(今は週に1回開催)を申し込んだこと、京都から仕事で東京に来たこと、京都のがんサロンでピアサポーターをしていることなどをお話しました。

木の香りが清々しく、大きな窓の外には緑が見え、ただ座っているだけでホッ。

自然な流れで会話できるのは、まさにこの空間があってこそでしょうね。

訪問者は全国からあり、「第2の我が家」がコンセプトだそうです。

本当にそんな感じ。

初めて来たのに、なかなか離れがたくて。

実際に、誰にも言えず胸の内に秘めていたことを、このマギーズ東京で涙ながらに話されることもあるよう。

その方たちは、話すことでかなり心が楽になったでしょうし、これから生きる道を探すヒントにもなったと思います。

このことは、アメリカの心理学者、カール・ロジャーズが提唱した「来談者中心療法」に通じる話!。

ロジャーズは、人は誰でも内的に成長しようとする力を持っていて、その力を開花させるためには傾聴が重要、と指摘しています。

共感して聞いてくれる人に話すことで、自分はどうすべきか、問題はどこにあるのかなどに、自分で気づいていくんですね。

私もピアサポーターとして、患者さんやご家族が安心して話せるような人間性を培っていきたい。

そのためには、もっと色々な経験と知識が必要です!

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(マギーズ東京の3カットをどうぞ~)

2017年9月18日 (月)

母校の大学に足を運んで

大学を卒業してから、かれこれ25年。

母校は京都にあるとはいえ、家から離れているから、ずーとご無沙汰でした。

そんな母校を18日に訪問。

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(シンボルの時計台)

「新しい建物が建って、随分変わった!」と聞いていたけれど、自分が学んだ学舎はそのまま。

友達とさんざん語り合った植込み前や談話室も懐しい…。

今も変わらずに残る建物を見て、この前を毎日行き交ったなぁとしみじみ。

残念なのが、夢中でバレーボールをした体育館が、建て替えられたこと。

ほぼ初心者だったけれど、週に3回、がっつり練習。

高校時代は陸上競技部でやり投げ、中学時代は水泳部だったから、団体競技は初めて。

最初は戸惑ったけれど、先輩たちがいちからバレーを教えてくれました。

練習は厳しくもあったけど、終わったら皆でファミレスに行き遅くまで喋ったり、ドライブに行ったりして遊びもしっかり。

試合も定期的にあり、得点に結び付くプレーをした時は飛び上がるほど嬉しかったし、逆に思うようにプレーできずに悔し涙を流したことも。

バレーがあったから、大学生活は充実していたと思います。

実は私は、大学の2部を卒業。

今はなくなった夜間部です。

朝9時から夕方5時まで、学術系の出版社で週に5日、編集部でアルバイトをしていました。

その後、授業が毎日2コマあり、土曜は3コマの時も。

授業終了後にバレーボールをしていたわけです。

練習のある日は、帰宅したら深夜12時。

でも翌日は朝からアルバイト。

そんな大学生活だったから、簡単にはへこたれない精神力がついたのではないかな。

地方紙のハードな記者時代も、フリーとしての今も、自分の根っこには、大学時代の頑張りがあるように思います。

2017年9月16日 (土)

週明けに東京へ

今月、個人的に「東京に行こう」と思っていた矢先。

東京でインタビューの取材をすることになりました。

仕事で東京に行くことは少ないから、これは神様からのご褒美!

取材日前日の19日に朝から東京へ行き、以前からずっと行きたいと思っていた、がん患者らの憩いの施設「マギーズ東京」を訪ねることに。

しかもこの19日は、月に数回あるリラクゼーションを体験できる日。

何という幸運!

このイベントがあることは、「ともいき京都」のスタッフの方から教えてもらいました。

マギーズ東京は建物にもこだわった、木の温かみある造りと聞きます。

自分の目で見て、感じて、リラクゼーションを体験して。

五感でしっかり感じ取りたいと思います。

そして、その実感を今度は、私が活動するがん患者会で、何かしら還元したいです!

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(記事に全然関係ないのですが、友だちからのリクエストがあり、伊勢の「赤福氷」をご紹介!

先週、伊勢で遊んだ時に食べました。一見、普通のかき氷ですが、氷をすくっていくと…)

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(「赤福」特性のあんと餅が現れます!甘めのあんと抹茶が絶妙~♪)

2017年9月 9日 (土)

私が私である理由

「もしも、それがなくなったら、私ではない。私にとって大切なことは何ですか」

こんな問い掛けが、昨日、がんサロン「ともいき京都」の夜の部のイベントでありました。

「ブックカフェ:絵本を読んでおしゃべりしましょう」をテーマに、哲学者の先生とがん経験者らで語り合ったのです。

最初に先生が選んだアメリカの絵本「たいせつなこと」の朗読があり、感じたことを参加者が自由に発言。

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お茶とお菓子で休憩した後、先の問い掛けが。

まず、「私は〇〇で――」と何をしている人か、仕事や暮らしなど自分のことを話します。

次に、「でも、私にとって大切なのは、〇〇です」とつなぐのです。

このお題、改めて問われると、難しいと思いませんか。

「それがなくなったら、私ではないものです」と先生。

う~ん、と考えて、ポッと浮かんだのが「笑顔」。

そう、私にとって大切なのは「笑顔でいること!」。

というのも、中学生の頃からずっと、「笑顔が素敵な女性でいたい」と思っていて。

中学時代から今も仲良しの友達が、なかなかの美人。

当時は自分と彼女を比較して、あ~あ…とガックリすることがしばしば。

でも、人と比べても仕方がないし、自分なりの良さを見つけようと思った時、人から誉められたのが笑顔だったんですね。

美人にはなれないけど、素敵な笑顔は心掛け次第で何とかなるのではないか、と。

そんなふうに考えた、多感な中学時代の私が、今回のブックカフェで甦ってきました。

笑顔でいられるのなら、たとえ病気をしていても、私は私。

がんで治療中は、「私」というよりも、「病人」という意識の方が強かったような気がします。

でもよく考えたら、入退院を繰り返す中、

お見舞いきてくれた家族や友達、仕事仲間とお喋りして笑いあって、

明るい看護師さんと冗談を言いあって、

愛猫たちを抱きしめて微笑んで、

バレーボールを再開して仲間と喜び合って。

それなりに、私らしい闘病生活だったんだなぁと気付かされました。

絵本から思いもよらないお題をいただき、考えたひと時。

自分を見つめ直す、とてもいい機会になりました。

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(「ともいき京都」では町家を会場に語り合います)

2017年9月 2日 (土)

いのちは無限

今日は、5~6月にグリーフケア公開講座を学んだ大学の大阪サテライトキャンパスへ。

講演会「マインドフルネスとグリーフケア」を聞きました。

講演の前に、今年7月に105歳で亡くなられた日野原重明先生を追悼するスライドが流れ、生涯現役でいきいきと活動される姿に、心が温かくなりました。

ちょうど、今、読んでいるのが日野原先生の著書「今日すべきことを精一杯!」(ポプラ新書)。

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数か月前にたまたま書店で見つけ、タイトルに魅かれて買ったものの、まだ読んでいなかったのです。

最初の講演は、グリーフケア公開講座でも講師を務められた、ホスピスの第一人者。

日野原先生との思い出を話され、エレベーターやエスカレーターを使わずに、階段を2段ずつ上がっておられた先生を真似ているそう。

階段をすべて、2段ずつ上がれなくなった日野原先生は、「最後だけでも」と2段上がることに挑戦!

「105歳まで挑戦を重ねられました」という言葉が胸に響きました。

講師の先生の話にとくに共感したのが、「いのちは無限」ということ。

「生命」と「いのち」の違いに触れられ、「私が"生命"という言葉でイメージするものは、生命保険や生命維持装置で有限性がある。"いのち"の場合は、君のいのちは生き続ける、というように無限性があります」。

続けて、「いのちの無限」に絡んだエピソードも紹介。

息子さんを亡くしたご夫婦が飛行機の機内で、写真の故人に綺麗な富士山を見せていたら、客室乗務員がその故人の方の分までドリンクを用意されたそうです。

お母さんは感動して涙を流されていたと…。

私の死別体験は愛猫・華なので、人との死別ではないけれど、いのちは無限なのではないかと感じています。

今もずっと、華とつながっている気がします。

今週の木曜日には、親しくしている年配の女性のご主人が、突然の病気で旅立たれたことを知りました。

かれこれ15年程前に、亡き実家のワンコ太郎が、そこのお家の柴犬・さくらちゃんに一目惚れ?して猛烈にアタック。

その時にさくらちゃんを散歩させていたのが、亡くなったパパさんでした。

まったく面識がなかったのに、今度はそのママさんとすっかり仲良くなり、今も時々お喋りしています。

突然の訃報に気持ちがどんよりしてしまったのですが、とにかくできることをしようと、お悔やみ用のお花を注文。

明日、お花が届くので、お家に持っていこうと思っています。

ちょうど今日の講座で、在宅ホスピス医が書かれた記事をもらったので、そちらも添えて…。

2017年8月29日 (火)

ピロリ菌がいました

今日は、ピロリ菌の結果を聞くため、大学病院の消化器内科へ。

「陽性でした。除菌しましょう」と先生。

あ~、やっぱり…。

そんな気がしていました。

どこで感染したかは、分からないそうです。

ピロリ除菌治療剤(写真下)という薬を1週間分、処方されました。

病院近くの薬局に行くと、初めてということで、お茶までもらいました。ラッキー♪

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この薬は朝晩の食後に、1週間続けて飲みます。

注意書きには、「3種類の薬を服用して」とあります。

服用中は、腸内のよい菌までいなくなるので、軟便や軽い下痢、かゆみが出やすくなるようです。

取材がある日だと、トイレに行きたくなった時に困るし、原稿書きが続く、9月5日からこの薬を飲むことに。

除菌の成功率は、以外に低く6~7割。

普通は服用から3ヶ月ほど後に、尿素呼気試験というものを受けて、除菌成功かどうかをみます。

ただ、私の場合、すい臓ののう胞の定期的なチェックがあるから、それと合わせて、来年3月にこの試験を受けます。

ピロリ菌がいると、やはり胃がんになる可能性が高まると医師に言われました。

がんを予防するものは、積極的に受けておきたい。

来週から、除菌薬、頑張って飲みます!

リンパ腫の再発の有無を調べた血液検査の結果は、この月曜日に出ていて、異常ありませんでした。

その上、4カ月に1度の採血のペースが、次回からは半年に1回に!

がんの治療終了から、3年7ヶ月。

完治のゴールを、このまま目指したいものです。

2017年8月26日 (土)

がん患者・家族の会のお知らせ~洛和会音羽病院~

私がピアサポーターとして活動しているのは、京都市にある洛和会音羽病院の「がん患者・家族の会 ほっこり」。

今日、病院のチラシを、私のブログで紹介する許可をもらいました!

これからブログに掲載していきますね。

がん患者さんかご家族であれば、通院の有無は関係なく、参加できます!

開催は基本的に月に1回。

京都在住でなくてもOK。

当日は、臨床心理士さんら病院のスタッフがおられます。

私も取材と重ならない限り、がん経験者として参加し、お手伝いをしています。

ぜひ気楽に、ご参加ください~。

個人情報を、このブログで話すことは一切ありません。

ピアサポーターにも守秘義務がありますから、安心してくださいね。

9月と11月のチラシはこちらです(クリックすると大きくなります)。

よろしくお願いします。

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2017年8月25日 (金)

絶望を乗り越えて冒険に挑む、がん経験者を知る

実際に会うだけでなく、新聞や雑誌などの媒体を通して、がん経験者を知ることがあります。

8月21日の朝日新聞朝刊に、子宮がんの再発を乗り越えて、このほど自転車の旅を再開する女性の記事が載っていました。

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絶望の中から立ち上がり、壮絶な痛みと闘い、夢に挑戦しようとしていて、勇気付けられます。

掲載日の21日は、リンパ腫の再発の兆候がないかを調べるために、病院で採血した日。

夏の疲れが出てきたのか、この数日、体がちょっとだるかったこともあって、もしや再発では…と少々不安になっていました。

でもこのように、困難を乗り越えて前向きに生きるがん経験者を知ると、私は起きてもいないことを不安がって、なんて小さいんだろうと思えます。

がん患者の希望の光になる生き方に、刺激を受けました。

2017年8月21日 (月)

行きたい時に行きたいところへ

愛猫・華、実家のワンコ・太郎、猫・のんちゃん。

1年の間に、旅立ってしまった3匹は、皆、比叡山の麓にあるペット霊園に眠っています。

最愛の華の死からずっと、比叡山頂にある延暦寺に行きたいと思っていました。

山頂は街中より気温が低くく、冬は雪も。

7月末に通信制大学の試験が終わり、8月のお盆明けに原稿が提出できて、仕事が一段落。

この金曜、朝方に大雨警報が出ていましたが、雨がやんだタイミングをみて、延暦寺に行ってきました。

国宝の根本中堂は外が改修工事中でしたが、お堂の中には入れ、内陣に視線を向けたとたん、ご本尊の薬師如来と目が合いドキッ。

1200年以上灯る法灯にも癒され、しばしそこ に滞在しました。

隣の西塔エリアでは、にない堂(写真下)で修行が行われていて。

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以前読んだ本「一日一生」の著者、酒井雄さいさんは、千日回峰行を二度も成し遂げました。

千日回峰行は7年掛りの修行で、比叡山中などを回峰巡拝するもの。

地球一周の距離を歩くのに匹敵するそうです。

本の中には、にない堂での修行の話もでてきます。

お堂の中で、まさにその修行が行われていると思うと、感慨深かったです。

静かな境内は緑が豊か。

風を感じ、木漏れ日の中を歩け、心が安らいで。

大雨の後だったけど、足を運んで良かったです。

とくに今日、そう強く思いました。

というのも、間接的な知り合いで、私と同じリンパ腫の人の再発を知ったから。

リンパ腫の再発の場合、入院で抗がん剤治療することになるから、行動が制限されてしまう。

私もまだ経過観察中の身。

いつでも行けると思わずに、行きたいと思った時に行っておかないとなぁと思ったのです。

明日、私はリンパ腫の再発の有無を調べる血液検査をするため病院へ。

検査前って、色々考えてしまいます。

2017年8月16日 (水)

夢を書いたノートがでてきて

2000年9月から、10年ほど付けていた「わたしの夢ノート」。

イラストレーターの中山庸子さんがプロデュースした、文庫サイズの書き込み式ノートです。

自分がやりたいこと、ほしいもの、こんなふうになりたい!などなど、あるがままに記録できます。

その存在すら忘れていたのに、棚から出てきました。

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(夢ノートのまえがき部分。年数が経って色あせてきています)

大小様々な自分の夢、自分への励ましの言葉が、せきららに書かれていて、何だか恥かしくなります。

インタビューや旅、大学教育の仕事をどんどんして、その道のスペシャリストに!という思いは、昔からずっと持ち続けていたことに、改めて気づきました。

ただ、私はがんを経験してから、1歩を踏み出す勇気にかけているような気がします。

考えすぎて、足踏みしているようで。

でも、興味があるのに、やってみたいのに、何もしないのは、よくないこと。

先の「夢ノート」には、医療分野の仕事がしたい、とも書いていました。

書いたのは、父が大腸がんになった7年前。

それから月日は流れ、自分ががんになり、今、病気の前と変わらずに仕事ができるのに、関心ある分野に関わっていないのは、いかがなものか。

そんな気持ちになりました。

これは私が、心から決心していないのが原因。

決めたら、行動しなくては!。

そう思って、先日、興味のある医療関連の媒体を出している会社に、記事を書かせてほしい、とアプローチしました。

ただ今、返事待ち。

動きがあるといいな。

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